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最高裁判所大法廷 昭和31年(オ)326号 判決 1960年2月10日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人弁護士加藤行吉、同工藤祐正の上告理由及び上告人熊谷四郎の上告理由について。

上告人は本件土地(農地)の所有者であること、上告人は被上告人に対し本件土地を昭和二三年一一月下旬、期間を昭和二八年一一月二〇日迄の五年間とする賃貸借契約を締結し、昭和二五年以降の小作料を年四三〇円と定めたこと、上告人は被上告人に対し右期間の満了前である昭和二八年一〇月二五日内容証明郵便を以て右賃貸借契約更新拒絶の通知をしたこと、上告人は農地法二〇条の規定に基づき右更新拒絶についての許可申請を昭和二九年二月二二日長野県知事に提出したが、同年五月一三日不許可となつたこと、以上の事実は原判決の確定するところである。

上告人が第一審以来主張するところは、右農地法二〇条の規定は、低廉な小作料の下に土地賃貸借の継続を地主に強制するものであり、また地主なる身分に基づきその経済的地位を著しく抑圧し、一般土地の所有者と農地の所有者とを差別待遇するものであつて、憲法二九条、一四条の趣旨に違背し、違憲無効のものである。されば、右長野県知事の更新拒絶についての不許可処分も無効のものであり、従つて、本件賃貸借については当然に民法が適用される結果、右賃貸借は前示期間の満了によりすでに消滅に帰しているというのであつて、本上告論旨の要点とすることろも、ひつきよう右農地法二〇条の違憲性の理由付けに外ならない。

思うに地主の賃貸借更新拒絶に対する都道府県知事の許可は農地法二〇条二項所定の場合でなければしてはならないのであつて、不許可の場合には、農地法八五条一項一号による農林大臣への訴願によつて、あるいは裁判所に対する行政事件訴訟の提起によつて、これを是正することができるのであるから、農地法二〇条は地主に対し、必ずしも土地賃貸借の継続を強制し、あるいはこれによつて地主に経済的な不利益を与えて一般土地の所有者と不当に差別待遇しているものとは云えない。尤も、農地法二〇条は一項において農地賃貸借の更新拒絶の通知を都道府県知事の許可にかからしめ、しかも二項においてその許可は同項一号ないし四号の場合でなければしてはならないものとし、更に三項において都道府県知事が許可を与えようとするときはあらかじめ都道府県農業会議の意見を聞かなければならないものとし、更に五項において右許可を受けないでした行為はその効力を生じないものとしているのであるから、農地所有者の所有権の行使または処分が右規定によりある程度不自由になつていることは疑がなく、その限りにおいて農地所有者の地位が一般土地の所有者に比して不利益になつていることは認めざるを得ないところである。しかし、農業経営の民主化の為め小作農の自作農化の促進、小作農の地位の安定向上を重要施策としている現状の下では、右程度の不自由さは公共の福祉に適合する合理的な制限と認むべきであり、また、右のような農地所有者の不利益も公共の福祉を維持する上において甘受しなければならない程度のものと認むべきである。されば農地法二〇条を憲法二九条、一四条の趣旨に違背する違憲無効のものとする処分非難は当を得ないものであつて、論旨はその理由がないものと云うべきである。

なお、論旨は前示更新拒絶の通知竝びにこれに対する前示不許可処分とは何ら関係のない農地法の所論各規定の憲法上の効力を云為し、延いて農地法全体の違憲性を強調し、これを以て右更新拒絶通知に対する前示不許可処分を違憲無効のものであることをるる主張せんとする。しかし、ある法律関係の違憲であるか否かはこれに適用される当該法規の違憲なりや否やの判断に即すべきものであり、その埒外において当該法律関係に何ら関係のない法規の憲法上の効力を云為し、あるいは、それら法規の属する法律全体の違憲性に論及して当該法律関係の違憲無効を主張するが如きは上告理由として許されないところであると解すべきである。それ故所論は採用のかぎりではない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔 裁判官 高木常七 裁判官 石坂修一)

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